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2007年07月 アーカイブ

2007年07月02日

 先生?

 教育現場で先生方が大変な時代であるという話しを良く耳にします。確かにいろいろな問題が絡んでいて、一人の人間ガ出来上がるプロセスの一環を担う仕事であるのですから、抱える責任や、プレッシャーも多いという事は理解できるのですが・・・
 友人、知人、仕事の絡みで教職にある方、あった方とお話しする機会が多いこの頃ですが、未だかってその言葉に感銘を受けるほどの方に出会ったことがありません。価値基準の置き方、社会に対する視点の置き方、諸々の事が幼いとしか感じられない未成長の部分を残したままの方が多すぎる事に気がつき始めた頃から、そうゆう職種にある方とお話しした後は、必ずといって良いほど気持が憂鬱になってしまいます。「あの子のお父さんは一流企業の社員でね・・・」成功者であるといった響きの言葉、「あの子は公営住宅に住んでいるのよ・・・」、それが何か?と問いたくなるようなことで子供たちを評価していくのかなーと寂しくなる事が度々。かくゆう自分も人様のことをとやかく言えるほどの人間ではない事は百も承知しているのですが、それはそれなりにお粗末であるが故の報いをいろいろ受けながら生きていることで相殺されているのではないかと自分には甘い採点をしています。自分の少しばかりの体験の中からだけで先生と呼ばれる方全員の評価をしてはいけないことぐらいはわかっているつもりですが、大変と呼ばれる今の状況に打ち勝つ為にも、先生方、どうかもう少し大人になって!と言いたいものがあるのです。

2007年07月03日

 この世での役割

幼い頃から母親に「環境は心の影」であると教えられてきました。出会う人も出会う出来事も全部その時の自分のレベルに合ったことなのであるから、気に食わないことがあったり、気に入らない人がいる時はまず自分を成長させなさいということだったと思います。環境を変えたいとき、其処から遠のく前にまず自分を成長させることに専念していれば、気が付いた時にはいつの間にかあらゆる条件が好転していたという経験を何度も重ねてきました。要は、恨んだり、憤ったりするエネルギーを自分の質の向上に使う為の心のコントロールの仕方なのでしょう。そしてそれは、「我慢をする」という事とはまた少し異なるという事も最近解り始めてきました。「我慢」というのは同じ状態の中に自分を停滞させる事であって
相手任せになってしまうという点で、人のせいにするという考え方と同じことになってしまいます。
 起こってくる問題を、自分の中でちゃんと消化してクリヤーしておかないと、何をどう変化させても「相手変われど主変わらず」といった具合に同じ状態の繰り返しという事となってしまうのでしょうね。
 歳を積み重ねてきて、自分を含め周りの人達に起こってくるさまざまな出来事を見るたびに、人はそれぞれ、何かの課題を持って生まれてきているという気がし始めています。それを業とよんだり、使命とよんだり、いろいろ表現の仕方は違いますが、それぞれに役割があるのでしょうね。逃げ出さないで受けて立つ強さをもたなければと思ったりしています。
 はなこさま、良い師と出会えたことの幸せをベースに、たとえ教師という立場ではなくても本当に子どもたちの幸せを願える大人として生きていたいですね。

2007年07月04日

 ありのまま

元気の良いを子どもを見るたびにいつも思います。この子は明朗で活発なのか、それとも乱暴で粗野なのかと・・・・。おとなしい子どもを見るたびに思います。この子は思慮深い子なのか、それとも引っ込み思案で消極的なのかと・・・・。子どもに限ったことではなくて、少し見ただけでは判断しかねる人間の特性が最近はあまり外れることなく、解るようになってきました。初対面の直感に狂いがなくなってきたということはやはり生きた時間がかなり長くなって、さまざまな体験が積み重なったからでしょうか。歳の功とはこんな事を言うのかもしれません。
 自分の中の弱い部分をしっかり見つめ把握していると、他人の同じような部分を見抜くことが出来るものだと言う経験から、人を育てる役目につくものは、何もかも上等に出来て人をぬきんでている人より、ごちゃごちゃと有象無象のなかで抜きつ抜かれつをやっているものの方が良いなと思うこの頃、人の気持を理解するという事の大変さを実感する出来事に良く出会います。
 自分をカムフラージュするために、アクションを起こすという事を、人間以外の動物もやるのでしょうか、行動の真意がどこにあるのか探らなければならないというのが人間の世界だけで起こることであるのなら、何だか人間は無駄なエネルギーを使っているなと哀しくなってしまいます。そのままの姿で生きていきたいものです。
 はなこさま これで良しということが無いくらいさまざまな課題が出来てきますね。生きているということはそういうことなのでしょう。自分自身を愛せる暮らしをしていきたいですね。
 

2007年07月05日

 天変地異

 何時どこで、遮断されるか、方向転換を余儀なくされるか解らないのが人生だと思いながらも幸いな事に私の場合はそのことを決断する時期は何時の場合も自分の意思でした。天災地異でいきなり思いもしなかった生活環境の変化に遭遇した方達の思いやいかにと激しく降る雨音を聴きながら、毎年どこかで起こる土砂災害のことを 思って過ごした一日、幸せだったのだなーと今更ながら半分を超した人生の運のよさに感謝しています。
 14年前、息子夫婦と生後5ヵ月の孫を連れて、転勤で鹿児島に住む娘夫婦宅を訪ねた時、台風が連れてきた豪雨によって歴史にのこる災害を受けた直後とあって、道路も鉄路も寸断された中をいつもの倍以上の時間をかけて車を走らせました。かなり前からの予定を変更するのもいろいろと障害があると言う事で無理を承知で決行したのですが、災害を受けた直後のなまなましい現地の模様は10余年を経た現在も鮮明な記憶として残っています。幸いなことに娘夫婦宅がその影響も受けることなく無事に私達を迎えてくれたということもあって、その記憶は、傍観者としての立場からの景色であったという事に、今更ながら誰かに対して申し訳ないという思いの中にあります。災害、災難を受ける人と逃れる人の違いは運と言う言葉でしか計れないのものなのでしょうか。
 「からっぽ」近くでこのところ毎年のように起こる天災のひどさに、雨が降るたびにいろいろと思いをめぐらせています。

2007年07月06日

もう一度子育て

争う事と競う事は違いますね。お互いを研磨しあい、向上していく上では競うということも必要な場合があると思うのですが何だか最近の子育ては親も、教師も、近所のおばちゃんも訳のわからない仲良しを強要して、子ども自身が本当の自分自身の力や特性をはかる機会をなくしてしまっているのではないかと思うことに良く出会います。自我が芽生え始める頃の子どものおもちゃの奪い合いは正常な発育の中の行為だと思うのですが子供同士で決着が付く前に必ず親が口出しをしてしまう・・・・じっと見ていると、力で奪おうとする子、じゃんけんで分けようとする子、親に訴えて力を貸してもらおうとする子などなど、面白いくらい個性が丸出しになっています。しばらく様子を見たうえでのアドバイスやお裁きで子供たちは一人で生きていける力を育てていくものだと信じてきたのですが・・・・
 育児用品と同じように、育児の方法も変わってきたこの頃、素人が口出しするなといわれそうなのですが、ここまで歳を重ねてくるとその専門家の価値観の偏重や、視野の狭さが気になったりするこの頃です。子育てに関する審議会等のメンバーが教師上がりの方達が多いということもその一つ、忘れられないくらいの影響を受けた素晴らしい先生もいたけど、その逆の先生もいたよなーなんて思うと、決して教師だけが人を育てる専門家ではないはずと思ってしまいます。世の中の仕組みと同じようにあらゆる職種の方達が集まって次の世代の育成を考えて欲しいと願っているのですが、もしかしたら、私自身の勉強不足でその実態の把握が足りないのかもしれません。
 今の世での子育て真っ最中の方達がいかにストレス多い日を過ごしておられるかを考えると、正しくそのお手伝いが出来る老人であることを目指したいと思います。

2007年07月07日

竹の進出

休耕田をたくさんかかえ、作るのは自家消費分の野菜だけといった感じの「からっぽ」ご近所は山から進出してくる竹の成敗に大わらわです。筍で賞味仕切れなかった竹が群がって家の周りを取り囲んでいる様はまさに昔話の雀のお宿。確かに雀だけでなく、いろいろな小鳥たちが以前よりたくさん集まってきています。子育て真っ最中のカラスの威嚇におどろいて飛び立つ様に本当に山の中にいる自分を再認識するこのごろです。
 坂の途中のだんだん畑が山にもどりつつあるわけで、狭いあぜ道にいま流の機械が入れるわけもなく、人力に頼るしかない地形であるのに、それができる若い力が残っていない地域はこうして、荒れていくものなのかと過疎地の悲しさを実感しています。人間の密集した都会で自分の居場所を確保するためにもずいぶんとエネルギーがいりますが、人のいなくなった田舎で居場所を保持するためにもかなりの強い意志と体力がいるものなのですね。
  猪、しか、カラスに分け与えた残りを自分たちが食べるのだと覚悟したうえでの野菜作りでなくては、情けなくて、なにもする気になれないと動物の被害の対策さえ考える気力を失った人たちだけで、荒れて広がっていく山野を元にもどすことは不可能に近いものがあります。今のうちにもっと積極的に、荒れていく農村地域の復活に力を出せる人がいなくてはなーと、日ごとに落ちていくわが体力をうらめしく思うこのごろです。

2007年07月08日

 リセット!

山口県小野田市へ、仕事がらみの一泊旅行。久しぶりに広い海の景色を眺めながら、存分に潮風をあびた時間、山の涼気とはまた異なった自然の良薬を全身に吸収できた思いで帰ってきました。
 現役で社会に属することが、時としては妙な拘束と感じて、ボツボツ年相応に気ままな隠居生活をした方がよいのかなと思ったりする事もありますが、時間に追われる日々のなかでこうしてぽっかりとできる時間の空白が何ものにも代えがたい嬉さで心の癒しとなってくれる事を思えば、ビールをおいしく飲むために午後の水分補給をひかえるのと同じように、喜びにつながる辛抱をいますこし続けてみようかなと思ったりしています。何とも些小な個人の喜びで自分を納得させていることを恥ずかしいとも思わない厚かましさもまた歳ゆえなのでしょうか。何にしろ、毎日が日曜日などという生活は自分には絶対できないと思うのならば、いつまでも何かしら役目を持つ人間であるための努力が必要であるということですね。
 忙中閑有りの喜びを満きつするために、ボツボツ新しいことに挑戦してみるとしてもまだ決して遅すぎはしないのでは?と思いながら、何度目かの人生のリセット時期が近付いていることを予感する帰路でした。

2007年07月10日

時間

古代の中国人は人生を青春、朱夏、白秋、玄冬と自然界の四つの四季にたとえたとか・・・・「からっぽ通信」と呼んでいた皆様へのお便りで、果たして私は今どのあたりにいるのでしょうと書いた事を思い出しました。14,5年前だったと記憶しています。早いという言葉だけでは物たりないくらいの速さで流れていったこの時間の中で、試行錯誤を重ねながらたどり着いた今、明らかにもう立っている場所は玄冬です。
  こうしてみると人生は朱夏を通りすぎたあたりから加速度をつけて終着駅に向かって突進していくのだと実感できます。やりたいこと、やらねばならぬ事は即刻実行に移さないとすぐにその時期は過去形となってしまう事を、何とか若い世代に伝えたいと願っても、やはりそんな思いは時期が来ないとわからないものなのでしょうね。青春から眺めた玄冬ははるかかなたとしか思え無くて当たり前なのかもしれませんが、かと言って、ならば今からと決める老後の生活の準備と言うものが、食いそびれない為の準備に終始するだけのもので有って良い訳はなく、物質に執着する苦しさから逃れ、心豊かに何者かに全託する思いで過ごせる達観した自分であるための準備でなくては、いろいろと悲しい老人になってしまうということを伝えたいと願う、おせっかいな婆さんとなりつつある自分を笑ってみたりするこの頃す。  
 とは言いつつ、準備のために生きるのではなく、今を精一杯燃焼させて生きる事の積み重ねこそ、その準備であると言う事も確信しているのですが。無意味にただボンヤリと時間を捨てていくことの残念さは捨ててしまった後でないと解らないものなのかもしれません。

2007年07月11日

シンガーソングライター新屋まりさんへ

まりさん、投こう有り難うございました。いろいろご活躍のご様子あちこちで耳にするたびに、身内のような嬉さですごいすごいと思っています。
 自分の立ち位置を把握できるできるって素敵ですよね。自分が今、世の中のどのあたりにいて、どのような役割で動いているのかが解らなくなるとき人は、進む方向を見失ってしまうのでしょうね。
  どのように持てはやされようと、どのように卑下されようと動じることのない自分の指針をしっかりと持っていたいと思いながら、いつの間にか今の状きょうの中で、目先の喜怒哀楽に追われている自分に気がつく時のさみしさを何度か経験しているうちに、人は生まれながらにしてそれぞれの持ち分というか、課題というか、何かしら自分では意識しない役目を持って生まれてきているのだと思うようになりました。人生は自分で作り上げていくものだと思うのですが、その途中、どうしても逆らうことのできない流れが運命と呼ばれるものなのだと、やっと最近その区別が解るようになってきました。
 何ゆえにこの世界に生を受けたのか、自分の使命は何であるのかがわかり始めるとそれなりに様々な出来事も、客観視できる自分が保てるようになってきたと思っています。
 たくさんの方達にまりさんの歌を聴いていただきたいと思っています。1000人の会場でのコンサートの実現も夢ではないと思います。目標がクリヤーされた時、きっと一緒に喜べる私であると思います。
 でも私の役目は、まりさんと目があわせられる位置で、個々の心のなかにまりさんの歌を浸透させていただくようなライブを実現させることにあると思っています。

2007年07月13日

 22年前

  「からっぽ」を立ち上げて22年、ここでの生活を今と感じて暮らしてきたのに、気がついてみたらもう過去としてなつかしく思い出す部分が出来上がって居ます。しばらく疎遠になっている方達、会いたくとも会えない遠くへ逝ってしまわれた方達、なつかしさを感じるくらい、長い時間の経過を実感するこのごろです。いつの間にか人生の三分の一をこの地で生きて居ます。
 何を役割として生まれてきたのかを考えることが多くなり、必ずや決められているに違いない自分の使命をつき止めたいと願う時、この「からっぽ」での暮らしがどうしても無視できないくらいのウエイトをしめている事に気付き、そこまでこの地に振り回されたくないと抵抗してみたりしながらも過ごした時間の長さには抗う事ができないものが有ります。
 立ち上げ当初の事を思い出すすたびに感じるその時代の社会背景のちがいが可笑しくもなるこのごろ、やはり世の中は急ピッチで前なのか、後ろなのかは解らないけどどこかに向かって動いているのだと思います。
 今や廃線となった坂の下の可部線はJRではなく国鉄とよばれていたり、ご近所のどこを探してもファックスの付いた電話機などなく、稲穂が美しいたんぼが何枚も重なり、蛙の鳴き声がうるさいほどにぎやかだったり、蛍がたくさん飛んでいたり。好きだった光景が失われていく様をみながら結局それを守る役目も果たせなかった20余念、私のもってきた使命ではなかったのだと割り切るのか、できなかった自分を責めるのか、考えるこのごろです。

2007年07月14日

 怠けだした?

梅雨らしく降り続く雨のおかげ?でぐんぐんと背たけをのばす夏の草、確かに緑は豊かではあるのですが・・・・ 最大級の台風が近づいているとのこと、ここまで丈が長くなると必ずや激しい風に倒されること間違いなし、台風一過の厳しい夏の日差しの中で、今度こそ必ず、草かりを実行しないと足のふみ場もなくなることでしょう。覚悟を決めて台風さまのお通りを待つ朝です。あちこちで起こる豪雨や風の被害を思うと、こんな悩み、恥ずかしくて人様にいえることではないのですが。
 田舎家の管理の大変さが妙に気にかかるこのごろ、やはり加齢は人を消極的あるいは怠け者にしてしまうものなのでしょうか。
 ここ10年ばかり、毎年8月の初旬に、訪ねてくれていた南アフリカのこどもたちのお世話がなくなって、少しばかりほっとしたような、さみしいような思いと時間を環境整備に振り当てて、涼しい場所づくりに頑張ってみましょう。台風で延期となった染色講習でおとずれる、白木町桧山のきれいに整備された町づくりを支える方達の勤勉さを、講習と引きかえに学んでこなくてはと、少し強くなってきた風の音を聞きながら自分を励ましています。

2007年07月15日

山と畑

畑が休耕田となり、休耕田が山へと戻って、山と畑に境目がなくなりつつあることにも原因が有るのか最近「からっぽ」の周辺ではいろいろな小動物がみられます。追う事も殺めることもしないご近所の優しさにあまえるかのように、あまり人間をおそれず、近くでうろうろ、丸く太った狸に出会うこともめずらしくなくて、なんだかほっとするものも有るのですが・・・・・
 子育て真っ最中のカラスが、毎日なんだかうるさく飼ををねだっていると思っていたら、どうも、下の家のおばちゃんが、食事を供しているらしく、収穫したじゃがいもの一口大の大きさのものを集めてわざわざボイルしてばらまいているとのこと、微笑ましい話ではあるけど、それが自分たちの死活問題につながらないというのんきさが、動物たちの本来の生き方までも変えていくのかと、中途半派な人間の優しさの由来を考えてしまいます。貧しいといいながらも飢える事を知らない日本で生ていればこそ出来ていることなのでしょう。飼さをまいてあげるより荒れた山を整えてあげる方が動物たちにとってはうれしい事なのでしょうが、年老いた女性にそれを望むことには無理が有り、現金収入のある都市近郷の農家にはもう周辺の環境が荒れていくことなど構わないことになってしまっていうのかもしれません。
 高度経済成長でお金持ちになった日本で、田舎の生活リズムはどんどん変わっていきつつあります。

 

2007年07月16日

 好ましい人

染色の講習で、70名近くの人たちとまみえた午前中、様々なタイプの人たちが集まってそれぞれの個性で作品が出来上がっていくさまを見ていてふと思いました。同じ目標に向かっているにもかかわらず、一人として同じ動きの人が居ない・・・・ただひたすら自分のことだけしかしようとしない人がいるかと思うと、講師である私の動きに気を使い、いろいろとサポートすることで、自分のやらなければならない事まで手が回らない人、その両方を要領よくこなしている人、一時間時もするとその結果が作品のできばえとしてでてくるのですが、なんだかうまくいくように応援したいのは、先ほどから手伝ってくれている人達、ついつい親切にアドバイスしている自分に気づき、こんなことでいいのかなーと。
 そんなことを期待して手伝ってくださるわけではなく、その人の性格の中に大変そうなところを手伝ってしまう心根が存在しているからこその行動なのでしょうが、アシスタントをつれていない心細さをすくっていただいた嬉さのあまり、私の指導の仕方が不公平になっている事に後ろめたさを感じながらも、もちつ、もたれつってこんな事を言うのだよなーと弁解じみた事もうかんできます。
 もちつもたれつの、なれの果てが、ワイロの横行などという現象につながっていくことを思うと、こんなちっぽけなことでも、自分の役目を公明正大であらせるための厳しさは持っていないといけないと反省することしきり・・・・わが身にとって都合のよい動きをする人だけを好きと思うようなちっぽけな人間を軽蔑してきたはずなのに・・・・

2007年07月17日

 満身創痍

 毎日体のどこかに出来る生傷、傷の手当てをするのもめんどうなら、だれかにそれを話すのもめんどうと思うくらいあちこちに出来ている打ち身や切り傷の数は一向に減る様子もありません。それほどのそこつ者ではなかったはずと思いながらも、ならば歳のせい?と思うのもすこしばかり口惜しく、やることの多さに追われての落ち着きのなさに原因をおしつけているこのごろです。これほどの肉体労働をしている65才が居るかなーと思いながら、熱湯に浸った染色ようの布をもちあげてみたり、数10キロのきくいもを運んで見たりしている自分をアホ?と思うこともしばしばですが、それをやめるほどの理由もなく、出来るからやっていると言ってしまえばそれまでです。 こんな話を同級生にしたところ、「よーくやるーねー、私はそんなこと夫に全部たのむわよ」って言われてしまいました。「そうなんだ、私の傷の原因は頼める人を作っていないせいなのだ」とみょうな納得をしたものの、どう考えても私には、そのようなことを頼むために、だれかと運命共同体になるなんて技はとても出る来はずもなく、結局、自分のわがままを通せる生活をするために出来る傷なのであるとみょうな覚悟をしてみたり・・・・・
 岐路、岐路で選んだ道を今日の私が生きているのなら、それもこれも、すべて私が原因でーすとさけんでみなくてはならないのかもしれません。

2007年07月18日

 言葉の使い方

  「 食べたいものは今たべろ、言いたいことは、あした言え」って昔から言われとるよねーとお客様。ずいぶん長く生きているのに初めて聞きました。明治12年生まれのお手伝いのおばあちゃん、明治37年生まれの父親と明治38年生まれの母親、明治に囲まれて育った私は、こんな言葉に珍しさを感じないくらい、いろいろ聞かされてきたと思っていましたのに、やっぱり知らないことが有りました。
 面白く的確に、一度口からでた言葉のいく末を考えてものを言えという格言?なのでしょう。便利に自分の思いを伝える手段としてあるだけに、使い間違えると、大変な事になってしまう言葉、形に見えないその重さと大きさは計りしれません。
 言いたいことを言わないと「腹ふくるる技なり」と古の方も言っておられるし、思いは伝えないと解らないとも言われているのに、やはり言葉というのは思いつくままに口から出放題ではいけないものなのだと、再認識したしだいです。
 伝えたいと思うことがそのまま伝わると言うことは少なく、ほとんどの場合、聞き手の思いでその言葉の意味は変わってってくるものだと思っていた方がよいと言うことぐらいまでは解るようになってきましたが、こんな事を考えていると、何となく、よほど気心の知れた人との間でしか、ものが言えなくなってしまいます。これをしょうしてA型タイプと言うのでしょうか。
 何も考えず、思いつくままを言葉にして困った結果につながっていくほど自分の言葉の影響力が有るわけでもないのに、失言の多い大臣さん達を見ていると考えてしまうのです。

の身分でもないのですが・・・・、

2007年07月19日

 次なるものは?

「からっぽ」を始めてまもなく出会って、それ以後、相棒と呼ばせていただいても良いくらい近い距離で生きていた友人が、あるテレビ局の取材で「宇野さんはどうゆう女性ですか?」と問われ「辛抱人ですよ」と答えたことがありました。 放映を見ながら、そうかなー?と思ったものですが、なぜかこのごろ16年も前のそのことをよく思い出します。ただ黙々と何かをやりつづけて居るという意味だったのか、まるで実のないことを飽きもせずくり返し挑戦するバカと言う意味だつたのか、どちらにせよ、よく言い当てているなと可笑しくなったりしています。
 何事かをやめるとき、それが中途半端な状態であると、様々な迷いがおこるし、これで良かったのかなという不安も起こってくるものですが、精いっぱい、その状態の中で出来ることに打ちこんでみるとある時いきなりふっと何の抵抗も迷いもなく、そこをぬけきれる状態が出来上がっているという経験を何度かした結果出来あがった処世術、決して辛抱ではなくて次の自分が見え始めるまで、ばたばたしないで、待っているだけのことなのです。自然に気持ちがととのい、次に向けて気分が高揚してくる時が有ると信じられるから、とりあえず今は待っていられるのです。今日の続きの明日ではなく、新しく始まるあしたをむかえるためにも、さようならを丁寧に言うのと同じくらい今を大切に生きてみたいと思っています。
 

2007年07月20日

職歴

 ウイーンに嫁いだ次女の初産の手伝いでオーストリアに渡る友人の手伝いはお弁当やさん。「空っぽ定食」の仕込み程度の経験しかない私に出来ることなのかと不安でしたが、なんとかこなせそうな手ごたえに安心しました。2週間ばかりの間ですが、わが店をオープンする時間までの早朝、私はお弁当やさんなのです。初体験の身でありながら、いきなり責任者、結構厚かましい自分とまたまた出会った思いで、新しい経験を半ば楽しみにしているところです。
  この年令になって今さら出来ることの数を増やしても、いかほども状境は変わらないと思うのですが、知らなかった世界を知るというのは楽しいものですよね。
  思えばこうしてずいぶんいろいろな世界をのぞいてきた人生でした。トップをはじめとして全員適当な仕事をしていても、会社に危機がおとずれることのない大手企業の支店、出張所。小さな部屋で見渡せる限りの人員が全社員といったささやかな事業所での窮屈な仕事、今で言うところのミニコミ誌のライター。それを全部集大成する場所と決めた「からっぽ」で今私の呼び名は先生、ママ、オーナー、宇野さん、淳子さん、それぞれの役目に合わせた呼び名です。いつの場合も結構まじめに、一生けん命にその仕事と向き合ってきたと思っているのですが・・・・・・楽しかったと思います。退職金や高額の年金にはとうとう縁がなかったのですが。 ひじきの煮込みの手伝いをしながら何となくそんなことを考え、「今はこれなのだ」と自分を納得させた朝でした。

2007年07月21日

 土と生きる事

  前々から仰々しく宣言していた草刈りをほんの少しばかり実行してみました。そして、今まで何となく感じていたことを本日はっきりと確信しました。この作業は全くその成果が他人には見えないのです。きれいになったでしょう?と問うても、さっきまでの状きょうを知らない人にはまるでそれがどんなものか解りません。花を飾ったり、床を磨いたりの作業にははっきりとその心遣いを感じ解ってくれる人が有るのに、どうして?と思ってきました。そうなんですね、人がいる場所に草は生えていないと思っている人たちにとっては、そういう状態は当たりまえでしかないのです。
土と一緒に暮らしてきた人たちのすごさを思います。黙々とだれにも見せるわけでもない作業の集積がほかの産業に比べるとあまりにも、ないがしろにされてきたのではないかと、ほんの少しの草刈りだけで不満をを顕わに物言う自分を恥ずかしく思うほど、農業はすごい!
  22年目にして、私に出来ることではないとはっきり解ったような気がしています。
 あつい日差しの中で、頭がボーットしてくるような熱気に包まれての作業、ずーっと昔この地で生きた人たちのことを考えていました。

2007年07月24日

一番大切なもの

 人間の身体のなかで一番大切なものは?という問いに「こころ」って答えたという孫息子、先生は「あたり!」といってくださったとか。小学校も5年生ともなると面白くなってきます。
 本当に人は、心に支配されて生きているのだと思うことの多いこのごろです。起こってきた出来事をどのようにとらえるかで幸、不幸は決まってくるのでしょう。いつも、いつもだれかに対して怒りを向けていることしか出来ない人の不平不満人生、何故そのようにしかとらえることができないの?って思ってしまうほど、自分に都合良く動いてくれることや人しか気にいらない人。そんなに自分の思い通りに事は運ぶものではないでしょうといってしまいたくなるほど、すべての責任を人に転化して怒りで心を暗くしている人の心の貧しさに出会うたびに、人生を楽しくするか否かは持てる物質の多さにあるのではなくて、心が豊かであるかどうかで決まるものだと確信します。
  環境は心のかげであるということがはっきりと解るようになったこのごろ、もう少し早くにこのような気持ちになっていれたら人生が少し変わっていたかなーと思ったりしています。これはこれで楽しい人生ではあったのですが・・・・

2007年07月25日

 夏の風景

  生活に長い夏休みという時間が有ったころの夏、もっとすごく夏らしかったなーと思います。気温は今よりかなり低かったけど、空には分厚くもくもくと固まった入道雲があったし、どんなに小さな人家のせまい庭にもヒマワリやカンナ、おしろい花が咲き、夏がきましたと知らせてくれていました。
 夕方になると夕焼け空を背景にたくさんのコオモリが飛びかっていました。そういえば彼等はどこから来て、何処へ帰っていたのでしょう。
  鮮明に記憶に残るあの夏の風景が最近しきりと頭をよぎるこのごろ、痴ほうの老人は幼いころの記憶はのこっているのに昨日の記憶はきえて居るという話を思い出して、そのまま私ではないか?とボツボツ始まった懐古趣味を冷やかす自分が居たりして、季節が移るたびにいろいろと物思うこのごろです。
  少し疲れがたまりすぎているという自覚に素直に従い、月曜日の定休日に続いて昨日も一日店を休んで見ました。自分にしか解らない自分の身体と心、上手に管理して、出来ることならなるべく故障をおこさないように役目が終わるその日まで、健全でいたいと思いながら、またまた昔の夏とは違う!と思ってしまう一日でした。

2007年07月26日

 選ぶ人

イタリアでは気温が45度まであがって、高齢者が26名も亡くなられたとか・・・・今さらいうまでもなく地球が暑くなっている証でしょう。氷山も氷河もみんな溶けてしまっても不思議はないでしょうね。国と国とが、ごちゃごちゃ争っている場合ではないと思うのですが、やっぱり自分だけが良くなりたいと思う人間の持つ性はこんな時まで争いをやめようとはしないものなのですね。もっとも、それは彼等にとっては自分だけが良くなることではなくて皆もその方が幸せに違いないと信じてやまないのかもしれませんが・・・・なんて思っていました。 でも最近それは少しばかり違うのではないかと思いはじめています。
それが皆の幸せにつながろうが、つながるまいが彼等にとっては関係ないことなのですね。ほかに選択肢を持てない状態の中で異状と思える行動を正当化してしまう日常が、そうした行動をとるしかない結果につながっているとしか考えられませんもの。
 自分の国を大切に思い、国のためにけん身的に動く行動は決して否定するものでは有りませんが、、個々のその思いが何かの方向に向かって固まり、動き始めることの危なさを予感するこのごろ、日本の特攻精神の復活は有ってはならないと思いながら、 自爆テロのニュースを見ています。まちがわない選択で選挙に臨みたいです。

2007年07月27日

  おんな

参議院選挙の候補者の話をしていた時のこと、「女性は視野が狭いから・・・・」と言う言葉が飛び出してきて、驚きました。世間では一応識者と見なされる立場にある人です。今の時代にまだ有能であるか否かを性によって決めつける片寄ったものの見方が有るのだということを身近で再認識し、見習うべき人と思ってのおつきあいであっただけに、やりきれない寂しさを感じました。差別と区別の違いくらいは解って居るつもりだし、何が何でも、男性と対立する立場で居ようなどと思っているわけではないけど、女性であるというだけのことで人間として未成熟で有るかのような考え方がはびこっている現実には、抵抗したくなってしまいます。
  幼稚園から大学まで、同じようにとなりに席を並べ、同じ事を学習し、同じ事を経験してきて、卒業式を終えて社会人になったとたんに、ただ女性と男性という違いだけのために、初任給の額がまるでちがう現実に出会ったのは、もう40年以上も前の話、何をためす訳でもなく、女性というだけのことで少ない給料に見合った、雑用に近い仕事しかあたえられない口惜しさを思い出してしまいます。
  強さを誇り賢さを誇示して女性より優位に立っていた男性達が仕切ってきた世の中が、今であることを思うと、もう少し謙虚にご自分たちを反省して頂いても良いのでは?と思ったりもします。
 キチンと対等な立場でお話できる人達に囲まれて暮らす事になれしまっていた反省も込めて、広い視野でものを言える女性である為の努力が要るとおもいました。

2007年07月30日

 まだまだ・・・

 眠る時間も休む時間も節約して、次々に待機しているやらなければならないことの消化に追われているここ数日、暑さに文句を言う暇もなく、消費した体力を取りもどす時間の無いことをうらめしく思う日暮れ時。
  声を出すのもおっくうで、どさっとソファに腰を下ろす私に「淳子さん、もう10年は死なないでね」って5年生の孫息子、少しは案じてくれているのかな?とうれしくなって、よせばいいのに「どうして?」とかわいい返事を待つ質問、「10年たったら、僕はもう大人だから」・・・・・   そのころは居なくても、大丈夫とまではいわなかったけど、思わずふき出しながら、この家族の便利屋さんで居る自分を幸せだと思いました。こうして頼りにしてもらえる存在で有り続けることが出来るかどうか、神のみぞ知ると言うことなのでしょうが、もうしばらくは労りの言葉より、こうしたから口のやりとりが出来る自分で有りたいなと思った途端、あれほどきつかった疲れの固まりが吹き飛んで、「さー!今夜中にやらなければならないことは・・・」って気分になれるから不思議です。
 人の体具合の善し悪しが、気分で左右される事も有るという経験は何度か有ったように思いますが、まだまだそのような事が通用するあたりで生きていると確信して、若い!若い!と自分を励ました、暑い夕暮れでした。
 

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