2007年10月05日

腐葉土となって

夏の疲れがでるころなのでしょうか、生活が少しあわただしすぎるのでしょうか。何となくしゃきっとしない気だるさが続く朝をむかえるこのごろ、元気がほしいと思っての病院通いをしています。一応、その根元が何なのかは判明し、なにやらたくさんの薬をいただいているので、生涯で始めてまじめに決められた時間に飲んでみています。平気でこなしてきた事がこうしてつかれを呼びこむことになってしまう年令で有ると言うことが口惜しくも有るのですが・・・・・
 自分の意志とかかわりなく朽ちていく肉体を自覚しないわけにはいかないと言う事をふまえて、これからの生涯の生活目安を付けようと試みている私の、これまた今までにはなかった神妙さ、全く思いもしなかった現象と向き合える事に年を重ねるおもしろさを味わっています。
 大木になった桜の葉が次から次ぎへと落ちてきます。一つの役目を終え、次は腐葉土となって若木の成長を助けるこのリズムを秋になるたび、意味を持って見つめてきた「からっぽ」生活。はたして私は桜と同じように潔く腐葉土に徹することが出来るのでしょうか。

2007年10月04日

 久し振りの生徒生活

「日毎に秋が深まりつつあります」なんて書き出しで手紙を書く事がなくなってきました。メールという便利な通信手段が出来たおかげかどうか、功罪はともかくとして、きちんとした文章が書けない人の数は増えているのでしょう。それでも必要なコミニケーションは昔以上にとられていることも確かです。電車やバスが走り始めて、お駕篭や人力車がなくなっていったように、やがてはペンや鉛筆もなくなっていくのかなと考えると少し寂しくもなります。
 人と人とのつながりの中には、ただただ必要な要件のみが伝わればいいというものではないよなーなんて考えたりします。特に日本語の場合・・・・・
 いろいろ言い訳を考えながら、エッセー教室なるものに通い始めました。自分の文章に自信をもてたらと思うことも一つの理由ではあるのですが、なによりも大きな理由は紙と鉛筆さえあれば他に何も無くても随分長い時間遊べるという、貧乏人の私にとっては必要不可欠な好条件を備えた自己研磨の場所であったからです。
 1回目が終わりました。先生jの言葉になるほどなるほどと思ったり、えっつ?と異論を唱えたくなったり、なかなか白紙で先生の言葉を聴けない、苔むした自分を再認識しながら新入生生活が始まったところです。いかほどの成長が出来るか楽しみです。

2007年09月30日

 秋です

中秋の名月が運んでくれた冷たい風で、あたりは急に秋めいてきました。長かった夏の暑さにまどわされて衣更え等考えてもいなかった不精さにむち打たれるような思いで震えあがっています。
 待ちこがれていた「彼岸花」も時期を逸することもなく花開きやがて終わろうとしているこのごろ、15年来のお付き合いをさせていただいている沖縄在住の若ーいボーイフレンドからの便り。
 
 僕にとって彼岸花と言えば浅川マキの「彼岸花」。「今日は来るかと待ちわびて、今日もこないとあきらめる。未練心に染み通る遠く霧笛のしのび泣き」「十五、十六、十七と幸せでしたあのころは、、夢に見るたび故郷は日毎、夜毎に遠くなる」

 と言った歌詞がのどかな和風メロディーにのって流れるらしいです。聞いて見たくなって今度の休日には探しに行こうと決めました。秋らしく少し感傷的な気分に浸ってみるのもいいものだなと思うのですが、10日もすれば誕生日、いよいよ名実ともに高齢者の束の中に入っていきつつある己が境遇からすれば、どちらかというと元気で溌剌としていた方が、他人様には心配をかけないでいいのではないかと少女的感傷主義に浸ることさえ似合わなくなった自分に気付いたりしています。もの思う秋、皆様方の胸中やいかに?

2007年09月28日

 歳事

10月1日に始まる展示会に向けて少しばかり、時間にゆとりのないこのごろなのに、25日には思い切り美しい中秋の名月を堪能し、おまけに明け方のスバル、明けの明星の輝きに底知れぬ神秘な思いをめぐらす等すばらしい秋の時間を過ごしました。
 日本の歳事をたどりながらの飲み会などと言うのも、結構楽しいもので、古来からのしきたりなどひもとく事で自分の国の文化を再認識出来るいい機会となります。長年様々な飲み会を主催する機会の多かった人生も、ここまでくるとただただ飲んでばかりも能がないと思えるゆとりが出来始め、様々な楽しみ方をためして見たりしています。こんな、夜の時間を過ごせる仲間たちの存在と、今の境遇の幸せを思いながら過ごした秋の一夜、その日を境に急に秋らしい風情で下がってきた気温に助けられ、展示会の準備の最後の追いこみに精出しています。

2007年09月22日

とうとう彼岸花の咲かない彼岸をむかえることになってしまったと、あまりにも違ってしまった季節の巡りに気味悪ささえ感じて居ました。どんなに暑さが続いた年も、9月に入ると同時にはだ寒さを感じる秋がいきなりやってきた年も必ず9月20日過ぎると花を開かせていた不思議さを楽しんできただけに気になってしようがないこのごろでした。通勤途中の田舎道できょろきょろと危ない運転をしながら探し求めた真っ赤な花、とうとう見つけました。今年もまた確実に彼岸を目処に花をひらかせてくれています。まるで真夏のような暑さに身体中の水分が全部蒸発してしまいそうな危機感さえ感じるこの秋にも、まるで何事もなかったかのように少しあやしげなふん囲気の花びらを開かせています。さくらの開花時期なんて年ごとに10日くらいのずれは当たり前なのに・・・とまたまた今年もまるで始めて気が付いたかのような不思議さを味わっているところです。
 物言わぬ周りの草木から様々なことを教わってきた20余年、ただただ偶然の積み重ねだけではない自然の摂理の中で生きている自分の存在を、客観し出来るところまでは成長できた嬉さが有ります。
 神なのか、仏なのか、この宇宙をつかさどる何ものかに全託する生き方で保たれる心の平穏には何ものにも代えがたい幸せ感があるものですね。なかなか、空っぽな心になれない自分で有ることにさえ不満を持つことはいらず、ただただ心の赴くままで居られれば良いのではないかと小さな悟りを開いたような気がするお彼岸です。、

咲きました!

とうとう彼岸花の咲かない彼岸をむかえることになってしまったと、あまりにも違ってしまった季節の巡りに気味悪ささえ感じて居ました。どんなに暑さが続いた年も、9月に入ると同時にはだ寒さを感じる秋がいきなりやってきた年も必ず9月20日過ぎると花を開かせていた不思議さを楽しんできただけに気になってしようがないこのごろでした。通勤途中の田舎道できょろきょろと危ない運転をしながら探し求めた真っ赤な花、とうとう見つけました。今年もまた確実に彼岸を目処に花をひらかせてくれています。まるで真夏のような暑さに身体中の水分が全部蒸発してしまいそうな危機感さえ感じるこの秋にも、まるで何事もなかったかのように少しあやしげなふん囲気の花びらを開かせています。さくらの開花時期なんて年ごとに10日くらいのずれは当たり前なのに・・・とまたまた今年もまるで始めて気が付いたかのような不思議さを味わっているところです。
 物言わぬ周りの草木から様々なことを教わってきた20余年、ただただ偶然の積み重ねだけではない自然の摂理の中で生きている自分の存在を、客観し出来るところまでは成長できた嬉さが有ります。
 神なのか、仏なのか、この宇宙をつかさどる何ものかに全託する生き方で保たれる心の平穏には何ものにも代えがたい幸せ感があるものですね。なかなか、空っぽな心になれない自分で有ることにさえ不満を持つことはいらず、ただただ心の赴くままで居られれば良いのではないかと小さな悟りを開いたような気がするお彼岸です。、

2007年09月20日

 お月見の会

25日あたりが中秋の名月とか・・・・月の光で 「からっぽ」の庭先が昼間のように明るく照らし出されるこの日、久しぶりのお月見の会をやってみようと思っています。お抹茶などたてて、お琴などひいて優雅に楽しむ方法も知らないわけではないけど、なんだか今はそんな会より、人数の増減にかかわりなく気楽に楽しめる「芋煮会」ふうが良いかなと思っています。寝袋で雑魚寝ってことが平気な方はお酒OK、暑かった夏の疲れを癒すつもりでご参加お待ちしています。 会費1500円、飲み物は各自持参ということで・・・・・ 準備の都合が有りますので、ご参加ご希望の方はご連絡ください。
 ここで過ごした20数年、いろいろなお月見があったことを思い出しながら今年もまた秋なんだと少しセンチメンタルな気持ちになるものの、昼間の暑さのものすごさに厳しい現実に引きもどされる秋の入り口、退き際が大事だよと夏の風に教えてあげたいような気がしています。

2007年09月19日

彼岸花

 どんなに気候が不順であろうとお彼岸近くになると必ず花を開く彼岸花を今年はまだ見ることが出来ません。彼岸の中日までまだ5日ばかりは残っているのでその間に・・・・といつもと変わらないことを願うこのごろ、呼び名は彼岸花より曼珠沙華の方が何となくエキゾチックで、好きです。
 「工房 からっぽ」を始めるそもそものきっかけとなった生まれて始めての、「手編み毛糸の展示会」、何百人もの人集めに挑戦した20数年前のあの会場を飾ってくれた花でした。毒を持っているので切り花として家の中に飾ることは良くないと言われていた花でしたが、秋を告げるこの花が、毛糸の展示会にはぴったりのような気がして、敢えて山盛りに飾ったあの日を、この時期になると必ず思い出しています。人生を変える節目を飾ってくれた花と言っても過言ではないと思いながら・・・・
 高校時代に片時もはなれる事なく、一緒に過ごした友人と、お互い紆余曲折の多い人生を過ごして、ゆっくりはなす時間など持てなかった数十年を越してこのごろ、またそんな時間が持てる境遇となってきました。たんぼに囲まれた農家でいなか暮らしを始めた彼女と再びゆっくりとした付き合いが始められる事がうれしく、今度会った時には、この曼珠沙華と私の深い付き合いのゆかりなどはなしてみたいなと思いながら、開花を待っています。
 季節を告げる山野草の素々とした美しさが本当に理解できる年令になってきて、この花に対する思いもまた一段と深くなっていきます。

2007年09月15日

女と男

 「うちの主人がいつも言っていたんだけど・・・一番えらい女と、一番バカな男がちょうど同じくらいに女はバカだって・・・確かに私もそう思うのよね」 昭和一ケタ時代の、女性とのおしゃべりの最中でてきた言葉。確かに男性の特性に見習いたいと思うところは多々ありますが、・・・こんなにまで女性をべっ視しなければならなかったその時代の背景を考えると、そういう教育を受けていた男性そのものにもあわれさを感じてしまいます。といいながらも、男性にはかなわないと敬う事が女性の美徳とされていた理由を問う事もしなかった女性も確かにおバカさんだった?
 男女共学で過ごした子供時代、周りのほとんどが男性であった勤め人時代、どの時代をとってみても多くの男性の中で暮らしていたけど、劣等意識を持ったことも、対抗意識を持ったこともなく、対等な気持ちでの付き合いをしてこれた私のような人間から見ると、うちの夫の意見jが一番正しいと信じている可愛いい?おく様方の心境はとても理解が出来ません。偉いなんて思っていただかなくてもいいけど、同じだとは思ってほしいですよね。おなじ人間として仲良く暮らしていける形は、各々のつながり方で様々な種類が有っていいもので、女は男に付いていくべしと言う考え方をせめて女性の方から先に払拭していかなければならないでしょう。

2007年09月13日

 課題

時々ふと思います。自分の人生の色合いを変えてみるとしたら、どのあたりまで逆上ったら良いだろうと・・・・・  あの時あの学校を選ばなかったら、あの時あの人と出会ってなかったら等々節目となる選択の機会が有ったことに気がつきます。そしてどちらを選ぶかということにそれほど迷いも決断もいらなかった自分であったなと言うことにも改めて気が付くのです。熟慮などという言葉とは無縁であった自分のデカタンな部分が人生の色を決めていると思うと、今の自分はやはりはじめから決められていた自分であるとしか思えません。
 どこかで何かが違っていたら・・・・などと振り返って見ても、自分が自分で有る限りそれほどちがった結果にはなっていなかっただろうという結論から解ることは、人間は生まれながらにしてそれぞれこの世で果たさなければならない課題をかかえていて、それは外的要因がどんなに違おうとお構いなしに自分にくっついてまわるものであるということです。
 宗教的ないい方によればそれを業あるいは使命などというのでしょうが、私にとってはそれは生まれてきた課題だ思われます。・・・・であるからには果たさなければならないでしょう。選んだのではなく、決められていたと思うことで、何かから逃げたい自分にブレーキをかけているような気がします。

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